労働法における「労働者」・「使用者」(黙示の労働契約)
労働法が適用されるためには、まず労働法の適用対象である当事者に該当することが前提となります。
一般に労働法は、比較弱者である「労働者」の保護規定であり、各法で定義する「労働者」に該当しなければその保護を受けられないため、「労働者」かどうかは重要なのですが、以下の裁判例のように判断が難しいケースがあります。
一方、「使用者」については、労働契約上の「使用者」が誰かということが問題になることがあります。通常は入社した会社又は自分を雇った事業主ということで明白なのですが、場合によっては、親会社や請負・派遣労働者の受入企業との間に「黙示の労働契約」が成立するということがあります。
労働法における労働者かどうか
- 個人事業者か労働者か
- 例えば、保険の外務員、在宅勤務者、一人親方の職人、庸車運転手、等の個人事業者が、企業と「請負」又は「委任」契約をしていても、労働法上の「労働者」となる場合があります ⇒ 「労働者」かどうかは、その労働関係の実態から判断されます
- そうしたケースでは、次の要素を総合して労働者性を判断します。(労働基準法研究会報告)
- 仕事の依頼、業務の指示等に対する諾否の自由の有無
- 業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無
- 勤務場所・時間についての指定・管理の有無
- 労務提供の代替可能性の有無
- 報酬の労働対償性
- 事業者性の有無(機械や器具の所有や負担関係や報酬の額等)
- 専属性の程度
- 公租公課の負担(源泉徴収や社会保険料の控除の有無)
- 労働組合法上の労働者該当性の判断基準は、最高裁にて次の5つが示されています。
(労組法上の労働者と認められれば、労働組合を結成(加入)して、会社と労働条件その他の待遇等について団体交渉を行うことができることになります)- 業務遂行に不可欠な労働力として会社組織に組み込まれているか
- 契約内容や業務遂行方法を一方的・定型的に決定されているか
- 報酬の計算・決定の仕方等において労務対価性が認められるか
- 個々の業務依頼を断るのが事実上困難か
- 業務遂行の日時・場所・方法につき会社の拘束を受け、指揮監督下に置かれているか
<裁判例>
残業代等請求事件 H28.03.04/東京地裁 |
情報通信会社に派遣されていた社員が、その後時間報酬の業務委託契約を締結して勤務を継続した件につき、雇用契約として残業代や退職金を請求した事件 派遣契約時と勤務状況が同じことから、会社の指揮監督下にあったと判断された。また、深夜残業手当等、勤務時間に対応した金員を支給していたこと等から業務委託ではなく雇用契約と判断し、残業代や退職金、及び過重労働に対する慰謝料(30万円)の支払いを認めた |
不当労働行為再審査申立棄却命令取消請求控訴事件 平成24(行コ)82 H25.01.23/東京高裁(差戻審) |
ビクターサービスエンジニアリングから個人業務委託業者(個人代行店)とされ、ビクター製品の出張修理業務に従事している業者が、条件改善のため労働組合を結成し、団体交渉を申し入れたところ、労働者ではないという理由で団体交渉を拒否された事件 個人代行店が独立の事業者としての実態を備えていると認めるべき特段の事情があるとは認められず、労働組合法上の労働者に当たる 一審東京地裁と二審東京高裁は労働者性を認めなかったが最高裁で差戻 |
INAXメンテナンス事件 平成21(行ヒ)473 H23.04.12/最高裁 平成21(行コ)192 H21.09.16/東京高裁 平成19(行ウ)721 H21.04.22/東京地裁 |
住宅設備機器のメンテナンス会社と個別に製品の修理や点検等の業務委託契約を結んだた技術者(個人事業者)が、会社と団体交渉できる労働組合法上の労働者にあたるかどうかが争われた事件 労働組合法上の労働者性を肯定(団体交渉拒否は不当労働行為) ・別に主たる業務があるときや複数の有資格者を有して幅広く事業を展開しているような場合は業務委託契約の外注業者となる(労働者でない) 労働組合法上の労働者性を否定 労働組合法上の労働者性を肯定(団体交渉拒否は不当労働行為) |
新国立劇場運営財団事件 平成21(行ヒ)226 H23.04.12/最高裁 平成20(行コ)303 H21.03.25/東京高裁 平成18(行ウ)459 H20.07.31/東京地裁 |
劇場(その財団)との間で1年毎に技能審査を受けて出演基本契約を締結した上、個別公演出演契約を締結して、オペラ公演等に出演する合唱団員(オペラ歌手)が、会社と団体交渉できる労働組合法上の労働者にあたるかどうかが争われた事件 労働組合法上の労働者性を肯定(団体交渉拒否は不当労働行為) 労働組合法上の労働者性を否定 労働組合法上の労働者性を否定 |
- 経営者か労働者か
- 取締役、監査役、委員会設置会社の執行役は、一般に労働法上の「労働者」ではありませんが、取締役でもその業務内容により、或いは管理職兼務取締役や執行役員の場合は、問題となる場合があります。
<裁判例>
マルカキカイ事件 平成21(行ウ)55 H23.05.19/東京地裁 |
産業機械や建設機械の卸し販売等の会社の執行役員が、出張時に橋出血により死亡。労災保険法上の労働者ではないとする労基署の遺族補償給付等の不支給処分の取消を求めた事件 業務実態として、一般従業員の管理職が行う営業・販売の業務に従事してきており、経営担当者としての業務や権限を与えられていたとは認められないとして労働者性を肯定、労災保険の適用を認める |
黙示の労働契約
- 黙示の労働契約
- 請負や派遣などの社外労働者受入れや親子会社など労働関係に複数の企業が関与する場合には、労働契約上の使用者としての義務を負うのが誰かが問題となることがあります。
- 親会社が子会社を一事業部門として完全に支配しているなど、子会社の法人格が完全に形骸化していると評価される場合や、親会社が違法な目的で子会社の法人格を利用している場合には、「法人格否認の法理」を適用して、子会社の法人格を否認することにより、親会社に対して未払賃金や退職金の支払いなど、労働契約上の責任を負わせることがあります。
- 請負や労働者派遣により、労働者が他の企業に派遣されて就労している場合に、派遣先の企業を使用者とする黙示の労働契約が成立しているか否かの判断要素は次の通りです。
- 採用への関与
- 作業場の指揮命令や出退勤の管理
- 賃金の決定
- 配置・懲戒・解雇権等の権限
- 裁判例では、黙示の労働契約はなかなか認めない傾向です。
<裁判例>
パナソニック(旧パナソニック電工)黙示の労働契約 平成23(ネ)785 H24.04.20/名古屋高裁 平成22(ワ)73 H23.05.25/津地裁 |
派遣労働者が、パナソニック電工との間で黙示の直接雇用契約関係が存在するとして、地位存在の確認及び未払賃金の支払を求めるとともに、不法行為による損害賠償を請求した事件 一審と同じ(控訴棄却) 黙示の労働契約の成立を否定 派遣元との雇用契約が形式的なもので、労務提供先が実質的に労働者の採用、賃金額その他の就業条件を決定し、配置、懲戒等を行い、業務内容・期間が法で定める範囲を超え、派遣先の正規従業員と区別し難い状況下で労務を提供させるなど、当事者間に事実上の使用従属関係があると認められる特段の事情があるときには、黙示の雇用契約が成立したと認められると解するのが相当である 専門26業務に該当しない業務に1年を超えて派遣している(派遣法違反)からといって、直接雇用義務が発生し、雇用契約が成立するわけではない |
日本トムソン黙示の労働契約 平成21(ワ)555 H23.02.23/神戸地裁 |
偽装出向、偽装請負、期間制限違反の違法派遣等、違法な状態下で5年超就労、労働局の是正命令により直接雇用転換後5ヶ月で雇止めした事件 日本トムソンの採用への関与・賃金の決定権を否定、指揮監督権や配置・懲戒の権限は認めるも、解雇権限はなかったとして、黙示の労働契約の成立を否定(雇止め有効) 一方で、「5年超の長きにわたる違法な派遣労働下において就労をさせられた」という実態の「違法の重大性」を認め慰謝料(1人当たり50万円)の支払いを命じた |
日本化薬黙示の労働契約 平成21(ワ)290 H23.01.19/神戸地裁 |
H17.6タスクマネジメント(株)に雇用され、同社と日本化薬との製造業務委託(その後派遣契約に切替)に基づき3ヶ月毎の更新で日本化薬姫路工場で勤務していたが、H21.1に雇止めした事件(違法派遣) 黙示の労働契約の成立を否定(雇止め有効) 原告の申立てにより、派遣可能期間(1年)を超えているとして労働局から是正指導があり、派遣から直接雇用の契約社員に切り替え、一部契約社員を公募したが、原告は応募しなかったこと等から、直接雇用の申込みがないとする信義則違反(不法行為)を否定 |
三菱重工業黙示の労働契約 平成21(ワ)21 H22.12.08/神戸地裁 |
溜畑鉄工から業務請負契約(偽装請負)、その後派遣契約(H18)、更に再度請負契約(H21)により、三菱重工高砂製作所で就労していた原告が、原告・被告間には就労開始当初から期限の定めのない黙示の労働契約が成立している等と主張して、地位確認を求めた事件 黙示の労働契約の成立を否定 |
日本電信電話黙示の労働契約 平成21(ワ)21 H22.12.08/神戸地裁 |
多重の所謂偽装請負契約でNTTで就労していた原告が、原告・被告間には就労開始当初から期限の定めのない黙示の労働契約が成立している等と主張して、地位確認を求めた事件 多重の偽装請負がなされ、注文者が請負人の労働者を指揮命令していたとしても、使用従属関係が存しないことなどから、両者の間に労働契約が成立していたとはいえない |
松下プラズマディスプレイ黙示の労働契約 平成20(受)1240 H21.12.18/最高裁 平成19(ネ)1661 H20.04.25/大阪高裁 平成17(ワ)11134 H19.04.26/大阪地裁 |
いわゆる偽装請負において、請負会社の労働者と受入企業との間に労働契約関係(黙示の労働契約)が成立するかが争われた事件 偽装請負を労働者派遣契約とみなし、黙示の労働契約の成立を否定 派遣制限期間を過ぎれば直接雇用の義務は生じるが、その申込が実際にない以上、雇用契約は締結されない 不法行為(不利益扱い)に慰謝料90万円(各45万円) 業務委託契約(実態は労働者供給契約)は無効で、黙示の労働契約が成立 解雇の意思表示は解雇権の濫用に該当し無効 賃金支払請求を認める 解雇及び業務命令に対する不法行為(不利益扱い)に慰謝料90万円(各45万円) 偽装請負を労働者派遣契約とみなし、黙示の労働契約の成立を否定 派遣制限期間を過ぎれば直接雇用の義務は生じるが、その申込が実際にない以上、雇用契約は締結されない 不利益扱いとして慰謝料45万円 |