未払い割増賃金(時間外・休日・深夜労働)
労働者に時間外や休日労働を行わせた場合には、労基法37条により割増賃金を支払う義務がありますが、未払い割増賃金について多くの争いがあります。この問題は、近年特に話題になっていますが、通常労働者が退職後に請求することが多く、遅延損害金や付加金を命じられた場合には、相当の金額に達することもあります。
実労働時間の把握
未払い割増賃金の争いにおいては、未払いとなっている労働時間の算定が必要です。労働時間が厳格に管理されていれば問題ありませんが、そうでない場合は、パソコンや携帯電話の使用ログ、手帳の記録、等々により労働時間を推定することになります。
「管理監督者」かどうか
次に、労基法のいう「管理監督者」かどうかの問題があります。労基法では、「管理監督者」には労働時間や休日の規定が適用されないため、時間外や休日労働の割増賃金を支払う義務がありません。そこで、多くの企業では役職に任命すると、時間外手当を不支給としています(その代わりに、殆どの場合に役職手当が支給されていると思われます)が、自社の管理職が、必ずしも労基法の「管理監督者」に該当するわけではありません。
割増賃金計算の基礎となる賃金額
賃金には各種手当が含まれていることが多くあります。特に、時間外手当の見合い或いは補填とした手当の場合、そのことが賃金規程等で明記されていないと問題になることがあります。
未払い割増賃金
- 管理監督者かどうか
- 労基法上の労働時間、休憩及び休日に関する規定は、管理監督者には適用されませんので時間外や休日勤務の割増賃金は発生しません。
- 但し、深夜業は管理監督者にも適用されます。(この場合、所定賃金に、一定額の深夜割増賃金が含まれていることが明らかな場合、その限度で深夜割増賃金の支払いは不要です)
- 管理・監督者に該当するか否かは、肩書の名称に拘わらず、労働条件の決定その他労務管理に関して経営者と一体的立場にある者といえるか否かを、実態に即して判断することになりますが、具体的には、次の要件が必要とされています。
(裁判所の管理監督者性の判断は厳しく、容易に認めないようです。)- 経営方針の決定に参加し、又は労務管理上の指揮権限を付与されていること
- 勤務時間について自由裁量を有すること
- 役職手当等によりその地位にふさわしい待遇を受けていること
<裁判例>
残業代等請求事件 平成24(ワ)1879等 H25.05.04.09/東京地裁 |
バス会社ウィラーエクスプレスの元運行課長が、管理監督者ではないとして未払い割増賃金、遅延損害金及び付加金を請求した事件 管理監督者ではなく、時間外手当、付加金及び遅延利息の支払いを認める 通常の運行管理者以上の人事権限は有していなかったし、自己の労働時間について裁量権を有していたとは認め難く、また、他の事務職員との給与額の差はわずかであって、管理監督者にふさわしい賃金上の処遇を与えられているとは到底いえない |
エーディーディー割増賃金請求事件 平成21(ワ)2300等 H23.10.31/京都地裁 |
コンピュータシステム及びプログラムの企画、設計、等を主な業務とする会社で大手取引先を担当する専門業務型裁量労働制の課長が、未払い時間外手当と付加金を請求した事件 下記2点より、未払い時間外手当(約570万円)と同額の付加金の支払いを認めた ・下請においては、裁量労働制が適用されるべき業務遂行の裁量性はかなり少なく、プログラムや営業等、対象業務に含まれない業務も行っていることから、専門業務型裁量労働制の要件を満たしていない ・出退勤について厳格な規制を受けてはいなかったが、企業の事業経営に関する重要事項に関与していたということはできず、役職手当額も低く、管理監督者とは認められない |
九九プラス割増賃金請求事件 平成20(ワ)1102 H23.05.31/東京地裁 |
チェーン展開しているコンビニ型店舗の店長が、未払の時間外及び休日割増賃金を請求した事件 管理監督者に該当せず、残業代、休日勤務手当、更に労基法による付加金の支払いを認める |
ことぶき事件 平成21(受)440 H21.12.18/最高裁 |
理髪店チェーンの総店長が、退社時営業秘密に属する情報が記載された顧客カードを無断で持ち出し、他の店舗で新たに始めた理美容業のためにこれを使用したため、会社側が不正競争防止法に基づき損害賠償請求をしたところ、元総店長が勤務中の時間外割増賃金、深夜割増賃金などを請求する反訴を起こした事件 総店長は、代表取締役に次ぐナンバー2の地位で5店舗を統括しており、管理監督者に相当するため時間外割増賃金の適用はないが、深夜割増賃金に関する規定は適用される |
学樹社割増賃金請求 平成19(ワ)2691 H21.07.23/横浜地裁 |
予備校の校長及び校長代理の2名が、過去2年間の時間外、深夜、休日手当及び付加金とそれらに対する各年14.6%、5%の割合による遅延利息の支払を求めた事件 管理監督者ではなく、時間外手当等、付加金及び遅延利息の支払いを認容 住宅に要する費用にかかわらず一定額を支給するものは、割増賃金の算定の基礎となる賃金から除外されない 予備校としての方針を決めたり、費用を出捐したり、職員の採用、昇格、昇給、異動を決定することはなく、経営に関する決定に参画したり、労務管理に関する指揮監督権限を有していたとは認められず、また、出退勤時間が定められ、勤務記録表により出退勤時間を管理されていたこと、更に年収も一般職とそれ程大きな差はないことから、管理監督者とは認められない |
東和システム割増賃金請求 平成19(ワ)6975 H21.03.09/東京地裁 |
東和システムの課長代理であるSE3名が、時間外手当および付加金等を請求した事件 管理監督者ではなく、時間外手当等、付加金及び遅延利息の支払いを認容 「特励手当」は、超過勤務手当の代替または補填という会社側の主張を退け、割増賃金計算の基礎に含める |
プレゼンス割増賃金請求 平成19(ワ)15779 H21.02.09/東京地裁 |
飲食店を経営する(有)プレゼンスの料理長と社員が、退職後に時間外手当、付加金等及び不法行為に対し慰謝料を請求した事件 残っているタイムカードによる時間を一部減じて労働時間を算出し(タイムカードのない月については平均値を採用)、料理長の管理監督者性を否定して、時間外手当の支払いを認める タイムカードを盗まれたと虚偽の被害届を出して、原告らを逮捕させたとする不法行為については、証拠がないため不法行為を認めず、慰謝料や弁護士料を支払いも否定 |
日本マクドナルド割増賃金請求 平成17(ワ)26903 H20.01.28/東京地裁 |
マクドナルドの店長が、時間外手当、休日勤務手当、付加金等及び不法行為に対し慰謝料を請求した事件 店長の管理監督者性を否定して、時間外手当等及び時間外割増賃金及び休日割増賃金の合計額の5割の付加金の支払いを認める(不法行為は認めず、従って慰謝料はない) 店長の職務、権限は店舗内の事項に限られ、企業経営上の重要な職務と権限を付与されているとは認められない 形式的には労働時間に裁量があるが、実質上自由裁量性があったとは認められない 管理監督者に対する待遇として、十分であるといい難い |
- 事業場外みなし労働
- 事業場がみなし労働時間制が適用されるのかどうかについては、判断が難しいケースがあります。
- また、みなし制度の適用があるとした場合における「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」の算出が問題となることがあります。
<裁判例>
阪急トラベルサポート割増賃金請求事件 平成22(ネ)7078 H24.03.17/東京高裁 平成20(ワ)14042等 H22.09.29/東京地裁 |
阪急交通社にて、ツアー添乗員業務に従事していた登録型派遣社員が、事業場外労働のみなし制は適用されないとして、時間外労働の、更に7日間連続勤務における最後の1日を休日労働として割増賃金を請求(+付加金とこれらの遅延損害金) みなし労働時間制の適用を否定し、未払い割増賃金の支払い額を増額 指示書等により旅程管理に関する具体的な業務指示がなされ、携帯電話を所持するよう求められ、旅程管理上重要な問題が発生したときには個別の指示を受ける仕組みがあり、添乗日報の提出が求められていることから、具体的な指揮監督が及んでいると認められ、労働時間を算定し難いときに該当しない 添乗業務については、指示書通りに消化されるわけではなく、添乗日報から労働時間を算定することも難しいとして、「労働時間を算定し難いとき」に該当し、みなし制度が適用される 派遣条件明示書のみなし労働時間(実働11時間)は、労使協定で合意したものではなく、ツアー毎にその行程等の違いが大きいので、一般的なみなし時間を定めることは困難で、添乗日報や行程表から事後的にみなし時間を算定し、未払い割増賃金とそれと同額の付加金の支払いを命じる |
- その他(待機時間等)
- 待機時間等が労働時間に該当するのかどうかについて争いがあります。
<裁判例>
中央タクシー割増賃金請求事件 平成22(ワ)992 H23.11.30/大分地裁 |
タクシー運転手2名が、会社指定場所以外での30分を越える客待ち待機時間の労働時間からのカットを違法として、未払い賃金、遅延損害金、付加金を請求 具体的指揮命令があれば、直ちにその命令に従わなければならず、また、労働の提供ができる状態にあったのであるから、客待ち待機をしている時間が、会社の指揮命令ないし指揮監督下の時間であることは明らかとして支払いを認める |