その他の労働事件
ここでは、次の労働裁判例について記載します。
- 労働条件の不利益変更
- 有期契約社員と正社員の労働条件の格差
- 休職からの復職
- 競合避止義務
- 合併・事業譲渡・会社分割と労働契約
- 不当労働行為
- (会社から労働者に対する)損害賠償請求
その他の労働事件
- 労働条件の不利益変更
- 労働条件は、労働者と合意することで、労働者にとって不利益に変更することが可能です。(労契法8条)
- 就業規則によって労働条件を労働者にとって不利益に変更するには、次の7つ点から総合考慮する必要があります。(労契法10条)
- 就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度
- 使用者側の変更の必要性の内容・程度
- 変更後の就業規則の内容自体の相当性
- 代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況
- 労働組合等との交渉の経緯
- 他の労働組合又は他の従業員の対応
- 同種事項に関する我が国社会における一般的状況
<裁判例>
音楽之友社就業規則無効確認等請求・未払賃金等請求事件 平成23(ワ)33222等 H25.01.17/東京地裁 |
音楽関係図書の出版・販売会社の労働組合及び組合員8名が、労働協約の規定に抵触する就業規則の無効確認と労働協約を契約内容とする労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求め、また、労働協約に基づく昇給分や手当等の支払いを求めた事件 労働協約失効後においても、新たな労働協約の成立や就業規則の合理的改訂・制定が行われない限り、労働契約を規律するとして、以前の労働協約に基づく手当や退職金の支払いを認めた 昇給については、労使間で効力停止の合意が継続しているとして支払いを認めなかった |
不当労働行為救済命令取消請求事件 平成23(ネ)593 H23.09.27/福岡高裁 平成21(ワ)868 H23.04.08/大分地裁 |
商工会職員が、不利益に変更された退職金規程、給与規程が無効であるとして、差額の支払いを請求した事件 規程の変更は無効 不利益の程度が大きく、退職金が支払えないわけでもなく、労働者の意見の集約を怠り、労働者側の反対を押し切って改正されている 規程の変更は有効 退職給与拠出基金の充足率が低いことから早急に規程の見直しが必要であり、変更内容も特定の層にのみ大幅な不利益を生じさせるようなものとはいえないし、代償措置も導入している等、合理的であり、また手続的にも正当である |
- 有期契約社員と正社員の労働条件の格差
- 労働契約法第20条において、有期労働契約を締結している労働者の労働条件が、期間の定めがあることにより、期間の定めのない労働者(通常、正社員)の労働条件と相違する場合においては、次の3つの観点から不合理と認められるものであってはならないとされています。
- 職務の内容(業務の内容及び業務に伴う責任の程度)
- 職務の内容及び配置の変更の範囲
- その他の事情
<裁判例>
長澤運輸事件 H28.11.02/東京高裁 平成26(ワ)31727等 H28.05.13/東京地裁 |
貨物輸送会社で定年後再雇用された嘱託社員(有期契約)が、正社員との賃金格差が不合理であるとして、差額の賃金を請求した事件 再雇用制度の有期契約者への労働契約法第20条の適用については、一審を支持 労働条件の差の不合理性について、下記の@Aに差異がなくてもBその他の事情等を幅広く総合的に判断するものとし、本件(2割強の賃金減額)は、不合理ではないとした (上告中) 高年齢者雇用安定法による再雇用制度の有期契約者についても労働契約法第20条の規定は適用される 有期契約者と正社員との労働条件の差が不合理かどうかは、@職務内容、A職務内容及び配置の変更の範囲、Bその他の事情から判断されるが、本件では、Bの事情は特になく、@Aに差異がないことから格差を不合理なものと認めた |
ハマキョウレックス事件 H28.07.26/大阪高裁 H27.09.16/大津地裁 |
貨物運送の契約社員(配送ドライバー)が、期間の定めのない雇用契約の成立と、正社員との労働条件の差が不合理であるとして、差額の賃金を請求した事件 期間の定めのない雇用契約の成立については、一審を支持 手当毎に、正社員との差について次のように判断し、77万円の損害賠償額を認定 ・住宅手当、皆勤手当、家族手当、定期昇給、一時金支給、退職金支給: 不合理ではない ・無事故手当、作業手当、給食手当: 不合理(違法) 採用時に、1年後に正社員に登用する可能性を示唆したことについては、合意があったとは認められない 職務内容・配置の変更の範囲から、通勤手当を除く他の労働条件は不合理ではない |
- (私傷病)休職からの復職
- 私傷病休職の場合、原則として休職前の職務に復帰できる程度に回復したときに復職できると解釈されています。
- 一方で、次のような場合は、休職前の職務以外にも、労働者の回復の程度に合わせて軽度な職務への復職の可能性を検討する必要があります
- 労働契約において職種や業務内容を限定していない
- 軽度な業務がある
- 労働者が希望している
- 復職が可能かどうかの立証責任は、まず休職者側にありますが、通常主治医の診断書で立証されたものとみなされます。次に会社側が、(復職を認めないときは)復職できないことの反証責任を負うことになります。
<裁判例>
第一興商地位確認等請求事件 平成22(ワ)46135 H23.12.25/東京地裁 |
上司らによるパワハラで視覚障害を発症し、休職に追い込まれた結果、休職期間満了により自動退職という扱いになったカラオケ機器の販売・リース会社社員が、視覚障害は業務上の傷病に当たるとして、地位確認と賃金の支払い、また、パワハラに対する損害賠償を請求した事件 上司らのパワハラについての供述は信用に乏しく、従って視覚障害が業務に起因するとは認められない(安全配慮義務違反に基づく損害賠償等も認めず) → 私傷病休職 復職時に、視覚障害者補助具の活用により業務遂行が可能である旨の診断書が提出されたにも拘らず、産業医に受診させることなく、復職不可と判断したことは客観性を欠くものであり、自動退職は無効として、休職期間満了時からの賃金の支払いを認めた |
- 競合避止義務
- 退職後に同業他社に就職したり、競業会社を設立する場合に、退職金の減額・没収、損害賠償請求、競業行為の差止請求の問題が生じますが、以下の観点から総合判断されます。
- 就業規則等の規定
- 退職後の業務の内容
- 元使用者が競業行為を禁止する必要性
- 労働者の従前の地位・職務内容
- 競業行為禁止の期間や地理的範囲
- 金銭の支払いなど代償措置の有無や内容
- 義務違反に対して元使用者が取る措置の程度
- 契約更新について合理的な期待が認められる場合
<裁判例>
アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー競業避止義務 平成22(ワ)732 H24.01.13/東京地裁 |
アリコジャパンの金融法人本部の本部長兼執行役員が、生保会社への転職を競業避止義務違反として支給されなかった退職金を請求した事件 退職金の支払いを認める 地位は相当高いが、長期にわたる機密性を要するほどの情報に触れる立場ではない 人脈、交渉術、業務上の視点、手法等のノウハウ流出を禁止することは、正当でない 顧客情報の流出防止を、競合他社への転職禁止で達成しようとすることは、目的に対して、手段が過大である 競合他社への人材流出自体を防ぐことが目的の場合は、単に労働者の転職制限を目的とするものであり、正当ではない 競業が禁止される業務の範囲、期間、地域は広きに失するし、代償措置も十分ではない 退職金には賃金後払的な要素も含まれていた 被告に損害を与える意図があったとはいえず、現に転職による特段の実害も生じていない |
パワフルヴォイス競業避止義務 平成22(ワ)10138 H22.10.27/東京地裁 |
話すためのヴォイストレーニングを専門的に行うアカデミーの講師を週1日のアルバイトとして2年務め、退社時にノウハウの守秘義務と3年間の競合避止義務を課した誓約書に署名して8月に退社するも、同月にはヴォイストレーニング教室を宣伝するためのホームページを開設し、その後教室を開校した事件 ホームページ及びブログ等による、被告が運営するヴォイストレーニング教室の宣伝、勧誘等の営業行為を禁止(誓約書通りの退職後3年間) ヴォイストレーニングを行うための指導方法・指導内容及び集客方法・生徒管理体制についてのノウハウは,長期間にわたって確立されたもので独自かつ有用性が高い 退職後3年間の競業行為禁止は必要かつ合理的な制限である |
三佳テック事件 平成21(受)1168 H22.03.25/最高裁 |
産業用ロボットの設計・製造及び金属工作機械部品の製造会社を退職後間もなく、競合会社を設立し、以前の取引先から仕事を受注したことに対し、競業避止義務違反による債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を請求した事件(退職後の競業避止義務の特約や就業規則の規定はない) 競業避止義務違反、不法行為ともに否定 営業秘密情報を用いたり、その信用をおとしめたりする等の不当な方法で営業活動を行ったとは認められない 取引先との自由な取引が競業行為によって阻害されたという事情はうかがわれない 信義則上の競業避止義務違反があるともいえない |
トータルサービス競業避止義務 平成21(ネ)356 H21.05.27/東京高裁 平成18(ワ)22955 H20.11.18/東京地裁 |
家具や車両内外装のリペア(修復)事業をフランチャイズ商品化している会社で、加盟店への技術指導等を行っていたインストラクタが、機密保持契約に基づく競業避止義務に違反したとして、損害賠償の支払並びに違反行為の差止めを求める事件 競業避止義務違反、不法行為ともに否定 退職後約1年してから、ほぼ同じであるが、他社の技術講習を受講して開業したものであり、機密事項とは言えず、フランチャイザーとしてのノウハウを使用してもいない 損害賠償(674万円)と2年間の業務停止を認める 事業導入時及び退職時に、機密保持の確認・競業避止義務の確認・損害賠償の約定を記載した機密保持誓約書に署名押印していた 営業秘密として保護される、@秘密管理性、A非公知性、B有用性、に該当する |
- 合併・事業譲渡・会社分割と労働契約
- 会社が合併した場合、労働契約は合併後の会社に包括的に承継されます。
- 事業譲渡の場合、近年の裁判例では、労働契約を譲渡先に承継させるためには、譲渡元と譲渡先の間でそのことが合意され、且つ、当該労働者が譲渡に同意することが必要であるとの考え方がとられています。
- 会社分割の場合、分割後の会社への労働契約承継のあり方は、原則的には分割計画書によって決められますが、労働契約承継法により、次の場合は、分割計画書等の定めに異議を申し出ることができます。
- 分割の対象となる事業に主として従事しているにも拘わらず、分割後の会社への労働契約関係の承継から除外される場合
- 分割の対象以外の事業(分割後も元の会社に残される事業)に主として従事しているにも拘わらず、分割後の会社に労働契約関係が承継される場合
<裁判例>
日本アイ・ビー・エム会社分割 平成20(受)1704 H22.07.12/最高裁 平成19(ネ)3596 H20.06.26/東京高裁 平成15(ワ)1833 H19.05.29/横浜地裁 |
日立製作所とIBMがHDD事業の合弁会社を設立するに当たり、日本IBMがHDD事業部門を会社分割する際、設立会社へ承継される労働者が、承継を拒否し、会社分割は権利濫用・脱法行為に当たるとして、地位確認と慰謝料各300万円を請求した事件 上告棄却(一審とほぼ同じ) 控訴棄却(一審とほぼ同じ) 会社分割は旧商法の定める手続に従って行われ、分割における7条措置及び5条協議も違法とはいえないとして請求を棄却(新設会社等へ承継されることを拒否する権利はない |
- 不当労働行為
- 不当労働行為には、不利益取扱い、団体交渉拒否、支配介入等があります。
- 不当労働行為に関する争いにおいては、次のような問題があります。
- 解雇・雇止めされた労働者の解雇や未払い賃金等についての団体交渉は通常拒否できません
<裁判例>
ケーメックス救済命令取消 平成23(行コ)341 H24.02.15/東京高裁 平成22(行ウ)366 H23.09.29/東京地裁 |
電気部品、産業用コンピューターの輸入販売及び電気工具の輸出等を業とする会社の社員7名が分会員として加入する合同労組が、分会員の賞与の支給額の根拠に関する説明を会社がしなかったことを不法労働行為として訴えた事件 一審と同じ(会社側控訴棄却) 賞与支給額の決定方法は、必ずしも客観性、明確性が十分とは言えず、賞与支給額の根拠は労働条件に関する事項として団体交渉事項に当たる 従業員から上長(上司)に対する申立てにより、上長から個別に説明等をするという苦情処理方法での対応は、団交義務を果たしておらず、不誠実であり、不当労働行為と認められる |
不当労働行為救済命令取消請求事件 平成19(行ウ)390等 H20.10.08/東京地裁 |
衣料品小売店のパートが、店長のセクハラを報告したため店長から報復を受けたとして、合同労組に加入したところ、@人事部長が組合からの脱退を強要する言動をしたこと、A雇用契約を更新しなかったこと、B不当解雇撤回等を交渉事項とする団体交渉を会社が拒否したことを不当労働行為として訴えた事件 @Bについては、不当労働行為を認める Bについては、雇止めを認める 労働者が、既に転職しているとしても、生計を立てるために一時的に他に就業しているのであり、職場復帰の意思を有していることが認められ、団体交渉に応じる義務があるとした |
西日本旅客鉄道人格権侵害損害賠償 平成17(ワ)253 H20.02.28/広島地裁 |
JR西日本の運転士(労働組合支部の役員)及び労働組合が、教育・指導等の日勤教育、組合専従から復帰するときの線見教育及び見極め試験、低い勤務評価、並びに組合脱退慫慂行為を不法行為や債務不履行として損害賠償を求めた事件 安全に対する再教育としての日勤教育に違法性はなく、ホームに唾を吐いたことは規範性の欠如によるもので、教育命令は権利の濫用とは云えない 異例の長期間にわたる机上学習や線見教育等は差別的扱いと推定される(慰謝料100万円) 利益誘導により脱退を慫慂するものであり、組合への支配介入に当たり、(一部を除き)不当労働行為に当たる(慰謝料 本部・支部に各50万円) |
- (会社から労働者に対する)損害賠償請求
- 労働者が、業務上の過失などで会社に損害を与えてしまった場合には、会社に対して損害賠償責任が発生します。
- 判例では、「損害の公平な分担」の考え方を取っています。即ち、会社は、事業を行うに当たって、一定の危険をもともと負担しているので、労働者の弁償しなければならない範囲は、損害の全部ではなく、一部であるとするのが一般です。
- 賠償額の算定にあたっては、次のことが考慮されるといわれています。
- 事故を発生させた労働者の行為の危険度
- 労働者の義務違反の重大性
- 職場環境、安全対策、慣れた仕事か、過重な労働を命じたか等使用者の事故発生に対する寄与度
- 定型的危険に備えた任意保険加入の有無
- 労働者の日常的勤務態度
- 労働者の賃金等の労働条件と使用者の利潤や企業業績等
<裁判例>
エーディーディー割増賃金請求事件 平成21(ワ)2300等 H23.10.31/京都地裁 |
コンピュータシステム及びプログラムの企画、設計、等を主な業務とする会社で大手取引先を担当する専門業務型裁量労働制の課長が取引先との業務委託ルールを遵守しなかったことで受注量が減少したとして、会社が退職した元課長に損害賠償を請求した事件 故意又は重過失があったとは証拠上認められないこと、売上減少などは、ある程度予想できるところであり、報償責任・危険責任の観点から本来的に使用者が負担すべきリスクであること、損害額2000万円超は、賃金額に比しあまりにも高額であり労働者個人に負担させることは相当ではない |