不法行為と債務不履行
例えば交通事故の場合、被害者は相手側の不法行為を理由として、損害賠償請求をします。
(契約関係がないので債務不履行ということにはなりません)
これに対し、職場において、セクハラを受けた、機械で怪我をした、長時間労働で病気になった、等々、従業員が損害を受けた場合に、不法行為として会社に損害賠償請求をする、或いは、労働契約を締結している会社側の債務不履行を理由として損害賠償請求をするといった、一つの事例に対して、不法行為と債務不履行の両方が成立することがあります。(業務上の災害補償(通常は労災保険による補償)ではなく、それとは別の損害賠償請求の話です)
安全配慮義務には、必ずしも雇用契約の存在を前提としません。例えば、元請業者と下請業者の労働者の間に指揮監督関係があれば存在し得ます。
逆に、従業員が、故意または過失によって会社に損害を与えた場合には、会社側が、債務不履行又は不法行為による損害賠償を請求することもあります。
労働問題において、損害賠償を請求する場合に、不法行為責任を問うのか、それとも債務不履行責任を問うのかについて少し解説します。(詳細は専門書を参照下さい)
不法行為
不法行為については、民法709条に次のように規定されています。
「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」
主としてこの条文に基づいて、職場の設備や機械の安全性に問題があった、過重労働を強いられた、或いはセクハラやパワハラといったいじめにあった等を理由に被害者が損賠賠償を請求することになります。
通常不法行為として成立するには、次の4つの要件が必要とされています。
- 加害者に責任能力があること(精神的な障害等がなければ責任能力はあるとみなされます)
- 故意または過失によること ⇒ 下記の“立証責任”を参照
- 被害者の権利または法的利益を侵害したこと
- 損害が発生したこと
- 立証責任
- 裁判においては、原則として被害者側が加害者側の故意・過失について立証する責任があります。(立証できなければ、裁判においては不利となります)
- 時効
- 不法行為による損害賠償の請求権は、被害者が損害及び加害者を知った時から3年経つと時効で消滅します(時効の中断をすることは可能です)
- 不法行為の時から20年を経過したときも、消滅します(これを除斥期間といいます)
- 除斥期間には中断はありません
- 債務不履行との比較
- 相手側の故意・過失の立証ができるなら、不法行為の方が遅延損害金が一般に大きくなります(遅延損害金の起算点が、不法行為では不法行為時ですが、債務不履行では請求時です)
債務不履行
会社と従業員の間には、労働契約が結ばれています。基本的には、従業員が労働力を提供し、その代償として賃金を受け取るのですが、この外にも、法令や就業規則等に規定されていることをお互いが誠実に履行することが求められます。
そして、労働契約法において、労働契約上の付随的義務として当然に、使用者が安全配慮義務を追うことが明示されましたし、男女雇用機会均等法では、セクハラ防止のため雇用管理上必要な配慮が義務付けられています(職場環境配慮義務)。
使用者が提供する設備や機器による損害のみならず、いわゆる電通事件(H12)において、最高裁が、「使用者は、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意を払う義務がある」と判示したことにより、長時間労働やパワハラ等によるうつ病等の精神疾患(更には過労死や過労自殺)に対しても安全配慮義務違反の対象となっています。
事業主が、こうした義務を履行しなかったことにより、従業員に何らかの損害が発生したときは、民法415条の債務不履行として損害賠償を請求される可能性があります。
債務不履行を原因とする損害賠償請求をするためには、以下の3つの要件が必要とされます。
- 債務不履行の事実があること
- 相手側に帰責事由があること ⇒ 下記の“立証責任”を参照
- 損害が発生したこと
- 立証責任
- 裁判においては、「債務不履行は無かった」ということの立証責任は相手側が負います。(立証できなければ、裁判においては不利となります)
- 時効
- 債務不履行による損害賠償の請求権は、10年経つと時効で消滅します
- 不法行為との比較
- 相手側の故意・過失の立証が難しいときは、一般的には債務不履行で訴えた方が容易です(相手側の債務不履行を立証する必要がありません)が、債務の内容が例えば「最善を尽くす義務」といったいわゆる手段債務の場合は、過失判断と同じ判断を債務不履行においても行うことになりますので実質変わらないというケースもあります
- 不法行為の損害賠償請求権に比べ、時効までの期間が長い(不法行為の時効が過ぎていても、債務不履行で損害賠償請求することが可能な場合があります)
- 従来は、債務不履行(安全配慮義務違反)による損害賠償請求においては、弁護士費用は請求できないとされていましたが、平成24年の最高裁判決では、弁護士費用も請求対象になるとされました